mumustyls’s blog

~安住の地を探求するブログ~

裏・浦島太郎

最近やたらと某携帯キャリア会社のcmなどで登場し唄まで歌っちゃってる浦島太郎。 自分は昔からこの浦島太郎のお話にはとても興味を抱いていて、長期の旅などを浦島太郎に例えた日記を裏・浦島太郎という題で、書き綴っていた時期もあった程です。

童話や昔話は、時には道徳の教材のように、時には笑うセールスマン的なバッド・エンドで終えるとても奥深いエンターテイメントだと考えてきました。 全てのエンターテイメントの鉄則は、「浄化や報われという云わばハッピーエンドで終えなければいけない」と、舞踏家の知人が真剣に熱弁をしていたことがあり、なるほどなと同感したこともありました。 しかしこの浦島太郎は、はたしてハッピーエンドなのか?バッドエンドなのか?と、人それぞれの解釈によっても結末の捉え方が変わってくるとおもいます。 昔話は、生かさず殺さずなこの曖昧さと、想像力をかきたたせる表現方法をよく用いています。 時代と世代を越え、人々を惹き付け愛され続けている最大の魅力はここにあるのではないでしょうか。

それでは浦島太郎の自分なりの解釈をざっと載せていきたいろおもいます。

浦島太郎は優しい青年で、少年達にこつき回されいじめられている亀を助け、竜宮城行きの切符を手中に納めたラッキーボーイ。

自分なりの解釈:浦島太郎は無垢な童貞で、正義感が強かった。 いじめられているのは何故に亀??カメじゃなくてもイルカとかウミネコでよくない? なるほど、亀は男の〇〇の象徴ですからね。

助けた亀に連れられて、竜宮城へ行ってみれば、乙姫とそのブレーン達と、豪華絢爛かつ酒池肉林の日々。

自分なりの解釈:乙姫は男の為ならなんでも尽くす願ったり叶ったりな言いなりビ〇チの化身で、正に男の理想と夢の象徴。

時も忘れるほど飲めや歌えやの日々。いい加減そんな生活にも飽きて、太郎はそろそろ陸に帰ると告げる。

自分なりの解釈:欲望に満ちた生活に嫌気をさし、現実に戻りたくなる。 長年欲望を垂れ流してきたせいで、欲そのものに興味がわかなくなる。 (賢者タイム)

「決して開けてははなりません」と忠告を受け、お土産にもらった玉手箱を開けてしまったらお爺ちゃんになっちゃった。

自分なりの解釈:玉手箱は秘密の象徴で、欲望を垂れ流すだけでは飽きたらず、知らなくても良いことを知ってしまう。 そして浦島太郎は、ちょっとだけ精神を患ってしまい、煩悩を捨て余命を修行僧のように余命を過ごしましたとさ。

浦島太郎のような物語の解釈は、正解・不正解などの答えはなく、その人の人生経験や生い立ちによって違ってくるという所が面白いですよね。 自分は浦島太郎のお話は、「欲望」に焦点をおいて作られていると捉えています。 大分玉手箱を開けた後の話を盛っちゃいましたが、幼稚園児の発想では有り得ないであろう自分なりの大人な解釈でした。